二十歳の原点

何故私は自殺をしないのだろうか
権力と闘ったところで、しょせん空しい抵抗にすぎないのではないか
何故生きていくのだろうか
生に対してどんな未練があるというのか
ねないのだ。どうして!
生きることに何の価値があるというのだ
醜い、罪な恥ずべき動物たちが互いにうごめいているこの世界!
何の未練があるというのだ
愛? 愛なんて信じられぬ
男と女の肉体的結合の欲望をいかにもとりつくろった言葉にすぎぬ
しかし、私はやはり自殺をしないのだ
わからぬ。死ねぬのかもしれぬ
(高野悦子「二十歳の原点」)

( ´~`)ノハーイ
「二十歳の原点」という本を
知っていますか?
(o゜~゜)oホエ?
1969年に
20歳という若さで鉄道自殺した
高野悦子さんという大学生が残していた
日記です
(゜~゜)
後に見つけられて出版され
当時ベストセラーになり話題になったそうです
(o゜~゜)o
それはふみっこが生まれる前の話で
世代も違うのだけど
17歳の時に書店で見かけて
なんとなく手に取りました
(o゜~゜)o□
そうして読み始めたら
驚愕しました
(゜ロ゜)ギョエ!!
そこにはふみっこが経験したことのない
暗黒の世界が広がっていたからです
(o´~`)アァー
この人はまだ二十歳の学生なのに
なぜここまで深く突き詰められるのだろう
自己を内省することができるのだろう
と思いました
(゜~゜)
でもふみっこも暗い内向人間なので
一方で惹かれるところもありました
(゜~゜)
なにしろこの日記が自殺という結末を迎えること
それが作り話ではなく現実の話であるということが
強烈な余韻を残します
(´ロ`)
なのでふみっこにとってこの本は
暗いものへの嗜好に目覚めた
原点と言えます
(o゜~゜)o
そしてこのページを書くために
久しぶりに読み直したところ
ある違和感がありました
(o゜~゜)oホエ?
それは高野さんが
闘争というものに
非常に熱心であった点です
(゜~゜)
簡単に言えば高野さんは
学生運動の時代に
権力というものにぶち当たって
砕けてしまったのです
(´ロ`)
しかしそこに
虚無的な視点があれば
そうはならなかったはずです
(o゜~゜)oホエ?
虚無主義の視点でみれば
この世には正義も悪もありません
(゜~゜)
しかし正義や悪という価値観はあり
その価値観は誰でも一方的に創造できるので
それぞれの正義を振りかざすために
誰かを悪者に仕立てあげることになります
(゜~゜)ノ
そう考えれば
権力側と学生側
どちらが正しいかなんて
何の根拠もないどうでもいいことなので
どうでもよくなります
(´ロ`)ポケー
しかし多くの人が
いろいろなところに敵を見出して
正義ごっこを繰り返しているのは
この世には何の意味も価値もないので
その虚しさをごまかすために
何かに興じていたいのです
(ノ゜~゜)ノウキャー
しかし虚無主義の視点を持つことで
すべてのことがどうでもよくなって
何も考えることなく
だらだらと惰性だけで
気楽に生きることができます
(´ロ`)ポケー


二十歳の原点 名言集

私は慣らされる人間ではなく、創造する人間になりたい
「高野悦子」自身になりたい
テレビ、新聞、週刊誌、雑誌、あらゆるものが慣らされる人間にしようとする
私は、自分の意志で決定したことをやり、あらゆるものにぶつかって必死にもがき、
歌をうたい、下手でも絵をかき、
泣いたり笑ったり、悲しんだりすることの出来る人間になりたい
(1月2日)

青春を失うと人間は死
だらだらと惰性で生きていることはない
三十歳になったら自殺を考えてみよう
だが、あと十年生きたとて何になるのか
今の、何の激しさも、情熱ももっていない状態で生きたとて
それが何なのか
(4月9日)

よく人は、私が変っているといいます
しかし私は、自分こそ正常な人間であると思っています
不正を憎み、何よりも正義を愛しているやさしい人間であります
今の社会が偏見と不正に充ちていて不正常なのです
(4月29日)

どうしてみんな生きているのか不思議です
そんなにみんなは強いのでしょうか
私が弱いだけなのでしょうか
でも自殺することは結局負けなのです
死ねば何もなくなるのです
死んだあとで、煙草を一服喫ってみたいといったところで、
それは不可能なことなのです
(4月29日)

ああ人間はくだらない、卑小だ
大ていの人間は、人間の人間たるを知らずして
社会の中に埋没してただ生きているのだ
自由! 私は何よりも自由を愛す
(4月29日)

生きることは苦しい
ほんの一瞬でも立ちどまり、自らの思考を怠惰の中へおしやれば、たちまちあらゆる混沌がどっと押しよせてくる
思考を停止させぬこと
つねに自己の矛盾を論理化しながら進まねばならない
私のあらゆる感覚、感性、情念が一瞬の停止休憩をのぞめば、それは退歩になる
(6月1日)

私の闘争は人間であること、人間をとりもどすというたたかいである
自由をかちとるという闘争なのである
人間を機械の部品にしている資本の論理に私はたたかいをいどむ
(6月9日)

ああ、人は何故こんなにしてまで生きているのだろうか
そのちっぽけさに触れることを恐れながら、それを遠まきにして楽しさを装って生きている
ちっぽけさに気付かず、弱さに気付かず、人生は楽しいものだといっている
(6月17日)

今や何ものも信じない
己れ自身もだ
この気持は、何ということはない
空っぽの満足の空間とでも、何とでも名付けてよい、そのものなのだ
ものなのかどうかもわからぬ
何もないのだ
何も起らないのだ
独りである心強さも寂しさも感じないのだ
(6月22日)

高野悦子さんの本

新潮文庫
二十歳の原点 (20歳の日記)
二十歳の原点 序章 (17歳~19歳の日記)
二十歳の原点ノート (14歳~17歳の日記)

新装版
二十歳の原点 (20歳の日記)
二十歳の原点 序章 (17歳~19歳の日記)
二十歳の原点ノート (14歳~17歳の日記)

関連リンク
二十歳の原点 - Wikipedia

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