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過去ログNo1
死の受容  Name:しお
 9話で、結婚式の後、亜紀の様態が急変し、サクはテープでしか亜紀の声が聞けなくなります。
 最初のテープは
「今度の薬はきついけど、これだけきついんだから、きいてるはず。ここで頑張れば、ぜったい悪い細胞をやっつけられる。だから心配しないでね、朔ちゃん」
です。
 この段階では、亜紀は自分が死ぬかもしれないけれど、まだ助かるかもしれないと考えているようです。
 一方、亜紀の両親は結婚式の前に医者から薬が効かなくなったことと、死の覚悟を求められ、そのあと「もっと甘やかして育てればよかった」と娘の死の覚悟にむかっています。
 サクが亜紀の死を覚悟するのは亜紀の髪の毛がなくなった後に真と海辺で会話するところでしょうか。
 この合えない間に、亜紀のテープの内容はどんどん死の受容に変わっていくような感じです。
 最後のテープは
「あれはきっとウルルの空だよ。朔ちゃん。空が見たい。一度しかない最後なら、わたし、世界で一番青い空が見たい。」
と、自分自身に「1度しかない最後」が近いことを自覚しています。
 亜紀はいつ、死を受容したのでしょうか。そのきっかけはなんだったのでしょうか。また、この期間はどれくらいの日数なんでしょうか。
...2005/05/14(Sat) 20:36 ID:UAnag9i6    

             Re: 死の受容  Name:にわかマニア
 難問中の難問ですね。
 もちろん,自分の体調は自分が一番よく判るでしょうから,そういうことも判断材料にしながら,時間をかけて段々と受容したということになるのでしょうが,どこかある時点で「受容」の側にスイッチが「切り替わる」という感じではないですよね。「しお」さんご自身も他のスレに書かれているように,受容する心と,「それでも生きる」という気持ちとの間で揺れ動き続けたのでしょうね。
 例えば,これも別スレで「泣けるシーン」としてあげたものですが,いよいよ「受容」せざるを得ない状況に追い込まれた2人は,今度は夢を「死に方」に求めることで,ウルル行きを決断します。それを象徴する会話が,「もう生きることを諦めたのか」vs「死に方に夢を持つことは」問答でしたが,2人の時はそう言っておきながら,見舞客(や家族)が帰って独りになった時に「私,死ぬのか」と呟いているのですね。これなんかも,受容しながらも,まだ揺れ動いている,あるいは,もがいているという感じではないでしょうか。
 また,受容した(と見られる)後も,死んだ後どうなるのかという認識もまた一定ではありません。あの世があるのかないのか,あるとして,それはどこなのか,空港へ向かう車中での会話と,空港ロビーで倒れた時の会話にもまた,「揺れ」が見られます。
 そして,サクもまた,最初はなかなか事実そのものが受容できず,遺灰をアイテムとして「事実」だけは無理やり自分自身に受容させたものの,その意味付けを理解し,亜紀の存在を生きていた時とは別の形で感じることができるようになるまでに,17年(原作でも10年程度)もの歳月を要しています。
...2005/05/14(Sat) 22:27 ID:QCGg4OuM    

             Re: 死の受容  Name:しお
 実は、これが気になったことのひとつに、期間の短さがあるのです。別スレッドで書いた外泊の日は黒板に9月18日と出ていますので、それから空港で倒れる10月23日まではわずか5週間しかないのです。
 その間に入水までの1週間、真とサクの日曜の「君は大学は?」の会話1日、修学旅行1週間前に先生に呼び出されてから修学旅行までの1週間、修学旅行に5日間、その後別れのテープから結婚式が最低数日、と最低3〜4週間ありますから、残りは「テープでしか亜紀の声を聞けなくなった」期間が、1週間しかありません。
 そんなに短い設定なのでしょうか。
...2005/05/15(Sun) 13:47 ID:yR1j6qoo    

             Re: 死の受容  Name:にわかマニア
 日付と日直当番が書かれた黒板等の映像や,「今日は日曜」(第8話)とか「明日は大安」(第9話)といった登場人物間のやりとりを手がかりにして,物語の展開を一覧表にまとめたものが「世界の中心で、愛をさけぶManiacs」というサイトの「カレンダー」というメニューに掲載されています。
 それによると,10月14日に記念写真を撮った翌日,亜紀の容態が急変し,面会謝絶の状態となり,頭を剃った亜紀と再会するのが19日となっていますから,大筋「しお」さんの推論のとおりです。
 確かに,期間を短くとっているという感じもありますし,原作では,亜紀が亡くなるのは年末ですから,急変・急変の連続を避けて,病状の進行にもっと時間をかけるだけの日数はあったような感じもします。ただ,これについては,過去ログのどこかでどなたかが言及されておられるように,半夏至や霜降等の「節季」との関係で日付に意味を持たせている部分もあるのかもしれません。
...2005/05/16(Mon) 21:24 ID:LkVX1m6I    

             Re: 死の受容  Name:しお
私は根本的なことをわかってないのですが、ドラマでは、何で10月23日にサクの誕生日&オーストラリア行きという設定にしたのでしょうか?
...2005/05/16(Mon) 21:38 ID:IyUHLXoE    

             Re: 死の受容  Name:通行人
一般的に、10月23日は、二十四節気の一つで「霜降」といいます。
晩秋となり、冷たい霜が降りはじめる。
晩秋は「秋の終わり」の意味があります。
...2005/05/18(Wed) 20:39 ID:yYAOP3Ro    

             Re: 死の受容  Name:しお
 原作では年末ということを知りませんでしたので、ドラマではどうして亜紀が死ぬのが10月24日になったのかと思ってきいてみました。特段の理由はないのですね。なぞが深まるばかりです。
 
「世界の中心で、愛をさけぶManiacs」様のサイトのカレンダーを見ましたが、
「今度の薬はきついけど、これだけきついんだから、きいてるはず。ここで頑張れば、ぜったい悪い細胞をやっつけられる。だから心配しないでね、朔ちゃん。」のテープ(まだ助かるかもしれないと考えているよう)
と、
「あれはきっとウルルの空だよ。朔ちゃん。空が見たい。一度しかない最後なら、わたし、世界で一番青い空が見たい。」(「1度しかない最後」が近いと思っている)
までのあいだに、3日しかありませんね。たった3日の間に何があったんでしょうか。薬が効かなくなったことの告知があったのでしょうか。
 しかも、結婚式後に様態が急変してからの4日間に4本のテープを吹き込んだことになり、急変して寝込んでいるのに毎日テープを吹き込めたんだろうかと(元気なときでも毎日吹き込んだことはないのに)、疑問に思いました。これはなぜでしょう。
...2005/05/19(Thu) 04:51 ID:l.Ah79Eg    

             Re: 死の受容  Name:say
深く考えずに思った事を書いておきます。
まずたった三日の間にあった事と言えば、髪の毛を剃らずにはいられないほど髪の毛が抜けてきたという事と耳鳴りや発熱それに伴う精神的に不安定な状態というものがありました。
四本のテープですが、それだけ葛藤が激しく、誰かに打ち明けられずにはいられない状態だったと解釈できるように思います。
...2005/05/19(Thu) 05:31 ID:oayPbB42    

             Re: 死の受容  Name:にわかマニア
 亜紀が亡くなるのを10月末に繰り上げたのは映画からですが,それでも,オーストラリア行きの決行が亜紀の誕生日という原作の設定は変えていません。
 「亜紀のいない世界」との対比から「サクが生まれてきたのは亜紀のいる世界」という設定もきているので,2人の生まれた順番まで変更する訳にはいきません。一方,こうした会話は,どちらかの生まれた日を意識しながら交わすとした方が効果的であることから,原作も映画も亜紀の誕生日を選んだものと考えられます。
 ところが,ドラマは亜紀の誕生日を「告白の日」に使ってしまったので,サクの誕生日を決行の日にしたのでしょう。
 では,なぜそれが12月ではなく10月なのかは,節季との関係なのかもしれません。
...2005/05/19(Thu) 08:40 ID:ZrvRwk4.    

             Re: 死の受容  Name:おじさん
皆さんの意見を拝見しながらも、なお亜紀がいつ死を受け容れるようになったかがわかりません。
サクの「もう先のことを考えるのを止めた・・」という台詞や、谷田部先生が亜紀の問いに答えて「それは残された人が考えること・・」というようなシーンがあったように思いますが、この時点ですでに亜紀が死の覚悟をしていたとは思えませんでした。(死の不安が行き来して弱気な発言を口に出していただけのような)

「私、死ぬのか」という亜紀の台詞は、体調のつらさくる死の恐怖より、周りの人との会話のあとに漏れた言葉だったようで、亜紀がいっそうかわいそうに思えてしまうのです。
...2005/05/21(Sat) 14:47 ID:.P63bWNM    

             Re: 死の受容  Name:おじさん
もう一つ。
[6]の中で引用されている亜紀のセリフ「一度しかない・・最期なら、わたし」
のところがよくわかりません。
@セリフの<・・>の間、Aそれと字幕では最後ではなく最期(死)となっていますが、文字通り一度しかない死の間際という意味なのでしょうか。
つらい場面のセリフで、意味がわからんといっても・・という気はしますが、皆さんいかがですか。
...2005/05/21(Sat) 16:17 ID:.P63bWNM    

             Re: 死の受容  Name:say
まず1つ注意すべきは、「死を覚悟した」のと「死を受け入れた」というのをはっきり分けて考えるべきだと言う点です。

覚悟の後にも迷いがあるのは普通のことです。
迷いがなければそれは受け入れたという事でしょう。
受け入れた後なら多少の思いは残っていても未練というほどの思いはない筈です。
それが望むべくして先にある姿でないなら受け入れた後でも多少の思いが残っているのは当然だと思います。
言い方を変えると受け入れた後なら周りのことを考えられるようになると思います。

谷田部先生に自分が死ぬ事への問いをした時点で私はアキが死を覚悟していたように思います。
死に直面している中で自分が死ぬことを前提とした会話を覚悟無くできるとは思えません。

最期についてですが、死ぬ間際について語っているわけですから、最後ではなく最期と書くのは当然ではないでしょうか。
括弧付けの(死)については視聴者に対して意味をより明確に伝える目的のように思います。
...2005/05/21(Sat) 21:43 ID:9rZREjoY    

             Re: 死の受容  Name:おじさん
SAYさん、ありがとうございます。
疑問の書き方が不正確でした。
字幕は、「最期なら・・」となっており、「最期(死)なら・・」の括弧は、私が注記のつもりで書いたのです。

「一度しかない最期なら」という言い方をするだろうか、「一度しかない・・最後(の病室を出る機会)なら・・」と言ったのではないか、要は字幕は誤植だったのではないかという気がしたのです。
でも、「最期」という言葉は、間違って使う言葉ではなさそうだし、という疑問でした。(一度しかない人生とは言いますが)
そこで、「一度しかない・・サイゴなら」の・・(間)に意味があったのではと。 考えすぎですかね。
...2005/05/22(Sun) 18:35 ID:pFmn7PlI    

             Re: 死の受容  Name:say
考えすぎではないと思いますよ。
私も「一度しかない」と「最期なら」を分けて考えていました。
ただ間に何かあるという感じではなく言葉を重ねている感じで、広げると、「チャンスは一度しか残されていないと思うし、最期は世界で一番青い空の元で」という意味合いだと考えていました。
体力的にも行ったら戻ってこられないと分かっていたように思いますし。

でも言われてみると誤植というか元々書き間違えたというべきか、そういう可能性もありそうですね。
...2005/05/22(Sun) 20:04 ID:HYQH1RaM    

             Re: 死の受容  Name:しお
 話を元に戻してすいません。また9話を見返してみましたが、やっぱり、納得いきません。
 たった4日間と考えるには、腑に落ちないところがたくさんありすぎます。

「亜紀の様態が急変したのは血のにじむような空に日だった」
 という表現は、普通に考えたら、結婚式の直後を表す言葉ではないと思います。
 直後なら「結婚写真を撮った次の日に・・」といった表現になると思うのです。

 そして、朔が1本目のテープを聞いた後の
「それからの僕は、テープでしか、亜紀の声を聞くことができなくなった」
 という表現ですが、会えないのが、それからたった3日間ということならば、こういう表現をするでしょうか。3日後に髪の毛がなくなった亜紀に再開するのならこの表現は使わないと思うのです。

 その次のシーンでは亜紀のベッドの上のビニールの天井には空の写真が12枚貼ってあります。
「朔ちゃん、いつも空の写真ありがとう。毎日、朝も昼も夜も。ちゃんと学校は行ってる? 私は最近 やっとアボリジニの本を・・」
 ここでも、「いつも空の写真」といっています。「いつも」というのは、2日や3日では使わないような気がします。3日以上(普通に考えればもっと長期間)をさすのではないでしょうか。「毎日」ともいっています。2〜3日では「毎日」とはいわないでしょう。
 さらに、「私は最近」といっています。最近という言葉を使うのは、会えなくなってだいぶ立っているような感じがします。
 この言葉は1週間以上経過しているような感じがします。

 次のシーンでは亜紀はベッドに座ってラジカセにアボリジニのことを吹込みしています。

 次のシーンでは天井に18枚の空の写真があります。このときは、亜紀はラジカセのスイッチが押せないほど衰弱しています。

 その次のシーンは朔が写真館で17枚の写真を見て頭を抱えています。

 その次のシーンの病室の天井には27枚の写真があります。このときは亜紀は酸素吸入?をしています。心電図の機械もピコピコ鳴っています。髪はあります。
「朔ちゃん 生きてるってどういうことかな 死ぬってどういうことかな たまに 生きてるのか 死んでるのかわからなくなる」
・・ここでも、「たまに」といっています。2〜3日で「たまに」は使わないのではないでしょうか。

このあとのシーンで頭の毛をそってしまっている亜紀に朔は再開します。亜紀は立ち上がれるくらいまで回復しています。

次のシーンで朔は真と海辺で話しています
「亜紀はもうだめなんですか」「体力の限界でね。明日から当分投与は見合わせるそうだ」

次のシーンで朔は自転車で帰りながら4本目のテープを聞いています。
「1度しかない 最期なら 私 世界で1番 青い空が見たい」

どう考えればいいのでしょうか。やはりわかりません。
...2005/05/25(Wed) 02:08 ID:zcFllj/I    

             Re: 死の受容  Name:しお
書きぬかりました
1本目のテープも2本目と同様、
「朔ちゃん、いつも空の写真ありがとう。」
ではじまってました。

そして最後のテープのシーンでは亜紀の天井の写真は33枚になっていました。
...2005/05/25(Wed) 02:28 ID:zcFllj/I    

             Re: 死の受容  Name:にわかマニア
>たった4日間と考えるには、腑に落ちないところがたくさんありすぎます。

 そうですね。実際に放映された(完成した)脚本の解釈は解釈として,まだ十分に検証できてはいないのですが,何らかの事情で,当初想定していたカレンダーに変更を加えたのではないかという推測も捨てきれないのです。
 「助けてください」の場面を映画が年末から10月に繰り上げたのは,ウルル行きが成就しない障害の象徴として台風を描いた関係上,これより後に設定を持ってこれなかったという事情が考えられます。まあ,1986年というのが日本列島に1個の台風も上陸しなかった稀有な年であることは,この際,追及しないこととして・・・
 でも,この制約条件を取り払ったのなら,原作のとおり年末に戻すこともできたはずですし,そこまでいかないまでにしても,もう数週間の期間を取ることは不可能ではなかったでしょう。そこをあえて,「タイトなスケジュール」を承知で10月23日にしたのは,霜降という節季や,「朔」には「新月」の意味もあることにこだわったためかもしれません。

>「血のにじむような空の日だった」という表現は、普通に考えたら、「写真を撮った次の日」といった表現になると思うのです。

 時系列に沿って客観的に淡々と語るのであれば,そうだと思いますが,あえてこの表現を使ったのは,それが「いつ」かということ以上に,そのことの意味合いを空の色に象徴させて語るということを重視したためでしょう。もっとも,そのように表現することで,それが実は翌日であったということがなかなか判らなくなっているという点は,しおさんのおっしゃるとおりです。

>「それからの僕」,「いつも」,「毎日」というのは、2日や3日では使わない・・・

 あえて合理的な解釈を試みるとすれば,実際の時間の経過以上に心理的な時間の長さを感じているということなのでしょうが・・・
 あと,写真の数ですが,学校をサボって写真ばかり撮っていたのですから,1度に何枚も届けたのでしょうし,病院に行くのも1日1回ではなく,朝・昼・晩と通っていたのかもしれません。
 それと,亜紀については,夜寝て朝起きるという体のリズムが崩れ,ちょっと寝て(意識が遠のいて)また覚めてという繰り返しが何回も朝を迎えたような錯覚に陥っていたのかもしれません。

 最後に一言。
 いずれにしても,ものすごく難解ですね。
...2005/05/25(Wed) 06:40 ID:1Q7HIQV.    

             Re: 死の受容  Name:しお
脚本が途中でシーンがのびたのでしょうか。ひょっとして最初にのウルルのシーンを冬服で撮影したから、日本で冬になる前(現地で夏になる前)にということですか?
でも、10月末でも気温的にはおかしいですね。ウルルの緯度はバンコクくらいですから。
...2005/05/30(Mon) 23:41 ID:ZBGUBDQo    

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