![]() |
Home > 「スヌスムムリクの恋人」感想
![]() 「スヌスムムリクの恋人」野島伸司著 発売日:2008年8月7日 出版社:小学館 価格:1575円 ISBN:9784093862206 「スヌスムムリクの恋人」管理人の感想 (2008/8/17) 野島さんの4作目の小説です。 前半は少し違和感があるライトな雰囲気だけど、 中盤からは一転して、濃密な野島ワールドが展開されます。 過去の野島さんの小説が好きな人は、今作も楽しめる作品でしょう。 以下、ストーリー的なネタバレは書かないようにしていますが、 テーマなどにはふれているので、未読の人は注意してください。 * * * * * * * * ------ 仲間が、希望や夢や、好奇心に溢れ、誰かを幸福にしたい そして自分が幸福になりたい そう考えて行動しようとする時、僕たちはそれを自己責任だとは言わない もしもその仲間が道に迷い、苦しんでいても、勝手にしろとは言わない (p.268) ------ おおざっぱに言えば、野島さんの90年代の作品では、 その中心には悲しみ(悲劇)が描かれていました。 そして登場人物を安易に救うことはせずに、 むしろ追い込んでいき、そこから垣間見れる人間の極限状態が描かれていた。 今作でも性同一性障害に苦しむ登場人物(ノノ)の悲しみが中心にあるものの、 苦しんだ者には救われて欲しいという願いがあり、 あまりシリアスにはならず、幼なじみたちの友情、優しさ、思いやりを通して描いています。 本質的には愛を描く点は共通しているとしても、 その過程が残酷さよりも優しさへと変化してきたというのは、 近年の作品「スコットランド―」や「薔薇のない花屋」と共通するものがあります。 野島さんの過去3作の小説には明確なテーマが感じられました。 「スワンレイク」は5人格と究極の愛。 「ウサニ」は性愛と愛の違い。 「スコットランド―」は死別し残された者の愛の再生。 では今作はというと、 友情、人を救うこと、S遺伝子などのテーマはあるものの、 どれかが中心に来るわけではなく、理屈ではなくもっと感覚的なもの。 野島作品における右脳ドラマならぬ右脳小説的な作品かなと思いました。 ------ 人間には内罰する遺伝子が存在するらしい 悲しみに暮れ、後悔し、罪悪感に苦しむ遺伝子があるらしい 情緒が豊かで、傷つきやすい人間にあると聞いたよ (中略) 自分を責め、後悔して、いつまでも引きずってしまう それこそが人間の素晴らしさだと感じるんだ (p.331,334) ------ 物語の重要なキーワードに、S遺伝子というものがあります。 この小説は耽美的なところがあり、それはおそらく、主人公がアーティストであるからで、 美を求める彷徨は、傷ついた魂の美しさに辿り着く。 詳しくは小説を読んで欲しいのですが、 このS遺伝子の概念が、この物語で私がもっとも良かったところです。 ------ もしかしたら人の一生って、自分の中の醜い部分と戦う為のものなのかもしれない 悪口言ったり、嫉妬や妬み、そういった部分と戦う いつか消したいな、そんなもの (p.180) ------ このようなセリフは「薔薇のない花屋」にもありました。 近年の野島さんが、人の醜さや残酷さではなく、そういったものを浄化して、優しさや幸せを描きたいのだとしたら、 この作品はひとつの到達点というよりも、まだ戦っている最中で、途中経過だという気がします。 今の野島さんが志向する優しさや幸せが、今後どういう境地に辿り着くのか、期待したいです。 ![]() ![]() |